読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

体験してわかること。

久々にカチンとくることが職場でありました。

いつもならイラっとして終わるところですが、今回は時間もあったので、そのカチンに付き合ってみようと思い立ちました。

 

何度も繰り返し、いっぱいイライラの感覚にお付き合いして味わったら、あとはさよーならーです。おなかいっぱいです。その根本たるや何か、とか深くまで頭で考えすぎないようにします。味わっているときにポッとなにかひらめくこともあるけどそれを追い求めすぎない。これは私にあてはまることなのかもしれませんが、追い求めすぎるクセのある私にはとても重要。経験してこそ、なんで自分は理不尽と感じたのか、なんでイラっとしたのか、味わうチャンス。しまいには自分のことをよしよしって大事に思えてきました。

 

瞑想始めて思ったのは、自分の中には思考とともに感情のさざ波、いや、大波小波がたえず渦巻いていること、と、その感情を待てる時間、俯瞰できる余裕が自分の中にある(できてくる)ということでした。あくまで今の私の感覚です。

 

俯瞰するときに気を付けていること、それは人の感情は見ないこと。その人がどうしてその言葉を発したのか、どうしてそういう行動をとったのか、それはその人にしかわかりません。だから考えても答えは出ません。以前私はよくここで立ち止まってずーっとああかな、こうかなあ、と相手のことを考えていました。分からないことを推測で考えていることほどネガティブになるものはありません。だからその体験をリバースして味わうときには、起こったことだけをリバースする。そしてただただ自分の感覚に意識を向けてみる。

 

良いと感じること、嫌だと感じること、大波小波はあるけど、瞑想しているとぜーんぶひっくるめてOKと思えるようになるのかもしれない、と今日改めて思いました。以前の私では辿り着けなかった部分かもしれないです。

 

週末友人宅でのホームパーティー。

こちらも味わい尽くしました!

 f:id:seasonsoflove:20161013171459j:plain

f:id:seasonsoflove:20161013171944j:plain

 

f:id:seasonsoflove:20161013183900j:plain